コラム

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2020.06.14   コラム

借金も相続される

 

 

裁判官の経験があるため,裁判官は,弁護士をどのように見ているのかとか,裁判官から見て好ましい弁護士はどのような弁護士かなどと尋ねられることがある。

 

しかし,裁判官の職を離れて久しく記憶も薄れているので,このような問いに答えるのはとても難しい。

 

難しい理由は,記憶だけの問題ではない。

 

このような問いは,他人の仕事ぶりを評価せよというのに等しいので,わが身を振り返えると,自分は到底その任に堪ええないということになる。

 

うっかり他人の仕事ぶりを評価などしようものなら,その評価がさらに評価されるわけだから,凡夫にはとてもできるものではない。

 

職業人はそれぞれ,その職分に応じて誠実に仕事に取り組んでいるかどうかが問われているのであるから,他人の評価を気にする必要はない,という建前を述べて,この稿を終わりにしたい。

 

しかし,それではこの稿を読み始めた人にあまりに失礼に当たるような気がする。

 

そこで,ひとつ仕事に誠実に取り組むということに関して,次の事例が参考になればとても幸いである。

 

S市に住んでいたAさんが死亡した。Aさんの息子のBさんはS市の近郊に住んでいた。Aさんの葬儀,通夜が終わってからしばらくした後にBさんは,S市内の銀行から連絡を受けた。

 

銀行に行ってみると,係員から,実はAさんは銀行から多額の事業資金の融資を受けていて,これがほとんど返済されないまま残っていることや,この融資金(Aさんの借金)の返済義務は相続によってAさんから相続人であるBさんに移っていることの説明を受けた。

 

Bさんは,そこで初めて財産だけでなく借金も相続されることを知ったが,Aさんが残した預金や不動産などはごくわずかのもので,到底銀行の謝金を支払うには足りなかった。

 

Bさん自身にも多額の借金は支払うだけの資力はなかったので,困り果てたBさんはどうしたらよいかと係員に尋ねた。

 

すると係員は,家庭裁判所で相続放棄の手続きをすると借金は支払わなくてよくなりますよと親切に教えてくれた。

 

相続放棄は,自己のために相続があったことを知った時から3か月(熟慮期間)以内にしなければならない(民法915条)。

 

Bさんが,Aさんの死亡を知ったのは,死亡したその日であったから,熟慮期間の3か月の始期はAさんの死亡日から起算されることになるが,Bさんはそんなことはしらなかった。

 

Bさんは,相続放棄について相談しようと考え弁護士の下を訪れたが,そのころには,すでに熟慮期間の3か月は過ぎていた。

 

この場合,弁護士が仕事に誠実に取り組むというのは,熟慮期間が3か月過ぎているのでもう相続放棄はできませんよということなのか,Bさんが相続放棄をすることは銀行も了解していることなので,何とか工夫して相続放棄の申立てをしてみましょうということなのか,どちらであろうか。

 

そしてまた,このような相続放棄が申し立てられた場合,裁判官としては,申立てに至る事情を考慮せずに,3か月経過しているから申立てを受理しないという態度をとるべきか,この相続放棄を受理してもだれも被害を受けるわけではないのだから,受理する方向で検討するのが正しい態度なのかという問題もある。

 

最近話題の裁判のIT化が進み,将来,簡単な事件はロボットに任されることが予想されるが,ロボットは,前記のような相続放棄を受理するであろうか,どうであろう。

 

この問題は,裁判官の裁量という問題にも関連すると思われるが,どうであろう。

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